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青森地方裁判所 昭和63年(ワ)306号 判決 1989年2月02日

原告

野坂征

被告

山脇一幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告の請求の趣旨

1  被告は原告に対し金六三〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二主張

一  原告の請求の原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一〇月一二日午後四時二〇分ころ

(二) 場所 青森県東津軽郡平内町大字立石字立石番外地の県道路上(以下「本件事故現場」という)

(三) 加害車 自家用普通乗用自動車(青五五た四五九六)

右運転者 被告

(四) 被害車 自家用普通乗用自動車(青五六す一〇一四)

右運転者 原告

(五) 態様 被害車が時速四〇キロメートルで本件事故現場にさしかかつたところ、対向車線を時速八〇キロメートルで進行して来た加害車が、突然センターラインをオーバーして、被害車の側面に衝突した(以下、この事故を「本件事故」という)。

2  責任原因

被告は、自己のために加害車を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、本件事故によつて原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。

3  原告の損害

(一) 原告は、本件事故によつて受けた頭部外傷、頭頂部挫創、右肋骨多発骨折の各傷害により、次のとおり入・通院を余儀なくされた。

(1) 入院

(ア) 平内中央病院 昭和五五年一〇月一二日から同年一一月五日まで二五日間

(イ) 平内中央病院 昭和五七年五月二二日から同年六月一日まで一一日間

(ウ) 小林外科医院 昭和五八年三月一九日から同年四月五日まで一八日間

(2) 通院

(ア) 平内中央病院 昭和五五年一一月六日から同五七年六月二九日までの間に、実治療日数八一日通院

(イ) 青森市民病院 昭和五六年七月一五日、同年同月一七日の二日通院

(ウ) 青森県立中央病院 昭和五六年五月二五日から同五七年六月一六日までの間に、実治療日数五日通院

(二) その結果、原告は次の損害を蒙つた。

(1) 治療費

(ア) 平内中央病院 五二万一二〇〇円

(イ) 小林外科医院 一万六五〇〇円

(ウ) 青森市民病院 二二七五円

(エ) 青森県中央病院 七九八〇円

以上合計 五四万七九五五円

(2) 入院雑費 入院日数合計五四日 日額 一〇〇〇円

合計 五万四〇〇〇円

(3) 付添看護料 平内中央病院に入院当初の昭和五五年一〇月一二日から同年一〇月一八日までの七日間付き添つた妻野坂昌子による付添看護料 日額 三五〇〇円

合計 二万四五〇〇円

(4) 傷害後遺症による逸失利益 四〇二万九六五六円

原告は、本件事故によつて受けた傷害が一応治癒したものの、時折前頭部に疼痛が発生するといつた後遺症が残つたため、事故前どおりの十全な労働ができなくなり、六七歳までの稼働期間二九年間を通じて労働能力は二五パーセント喪失するに至つた。

原告の昭和五四年の収入は、五〇万六九三九円であるが、この収入額から三〇パーセントの割合による生活費を控除し、さらにライプニツツ計算方法にかり年五パーセントの割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると、次の計算式のとおり、四〇二万九六五六円となる。

506,939×(1-0.3)×(1-0.25)×15.141=4,029,656

(5) 傷害による慰藉料 三〇〇万円

入院五四日、通院実日数八八日

(6) 後遺症による慰藉料 五〇〇万円

合計 一二六五万六一一一円

(三) 損害の填補

自動車損害賠償責任保険 三六三万〇八七〇円

4  よつて、原告は、被告に対し、九〇二万五二四一円の内金六三〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一〇月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2  同3のうち、(一)(1)(ア)、(一)(2)(ア)及び(二)(1)(ア)の事実は認めるが、その余は不知。

三  被告の抗弁

1(一)  本件事故に関し、昭和五五年一二月二七日、原告と被告との間に、次の内容の示談が成立した。

(1) 被告は原告に対し、治療費、休業補償その他一切の賠償金として一八三万〇八七〇円の支払義務を負担したことを認める。

(2) 被告は原告に対し、右のうち既払金一二二万二〇〇〇円を控除した残金六〇万八八七〇円を昭和五五年一二月末日限り支払う。

(3) 後遺症が発生した場合は、医師の判断に基づき、被告は原告に対し、賠償金を支払う。

(二)  被告は、原告に対し、右(一)(2)の金員を支払つた。

(三)  本件事故による原告の後遺症について、昭和五六年九月七日、原告と被告との間に、次の内容の示談が成立した。

(1) 被告は原告に対し、被告加入の大正海上火災保険株式会社(以下「大正海上」という)のいわゆる任意保険金をもつて、既払金のほかに一三〇万円を支払う。

(2) 原告が右一三〇万円の支払を受けたときは、原告は被告に対し、本件事故に基づくその余の損害賠償請求権を放棄する。

(四)  大正海上は、同月一一日、原告に対し、右一三〇万円を支払つた。

(五)  なお、仮に右(三)の示談が原告と大正海上との間において成立したものとすれば、これは、第三者のためにする契約に準ずるものであるところ、被告は、昭和五七年四月一九日及び同年五月四日、原告に対し、書面により、受益の意思表示をし、右各書面は、それぞれ、同年五月二二日ごろ及び同年五月一〇日ごろ、原告に到達した。

(六)  したがつて、仮に原告について本件事故による損害が発生したとしても、被告に対する賠償請求権は、右示談による請求権の放棄によつて消滅した。

2(一)  原告は、被告を相手方として、青森簡易裁判所昭和五七年(交)第五号事件をもつて本件事故による損害賠償請求の調停申立てをしたが、同事件は、同年九月九日の調停期日において不調となつて終了した。

(二)  同日から、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効期間である三年の期間が経過した。

(三)  そこで、被告は、右時効を援用する。

(四)  よつて、仮に原告について被告に対する本件事故による損害賠償請求権が発生したとしても、右請求権は、時効により消滅した。

四  抗弁に対する原告の認否

1(一)  抗弁1(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  同1(三)の事実は否認する。原告は、被告主張の内容の示談をしたが、その相手方は大正海上であつて、被告ではない。したがつて、原告は、被告に対しては損害賠償請求権の放棄をしていない。

(三)  同1(四)の事実は認める。

2  同2(一)ないし(三)の事実は認める。

五  原告の再抗弁

(一)  本件事故は、被告の一方的過失によるものであるところ、本訴提起が昭和五六年九月七日の示談成立後七年も経過した理由は、原告が権利の上に眠つていたからではない。

原告は、昭和五七年に損害賠償を求めて調停の申立てをし、これが不調によつて終了した後も、被告代理人を通じてしばしば交渉がされていたことから、被告の誠意を信じ、訴訟外での解決を期待して、訴訟の提起を控えてきたものである。

(二)  右の経緯のもとにおいては、被告がした時効の援用は、権利の濫用であつて許されない。

六  再抗弁に対する被告の認否

再抗弁(一)のうち、原告が被告代理人を通じてしばしば交渉したとの事実は否認する。原告からはときどき葉書や手紙がきていただけである。

第三証拠

証拠に関する事項は、訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因1の事実(本件事故の発生)及び同2の事実(責任原因)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、示談による免責の抗弁について判断する。

1  抗弁1(一)及び(二)の事実、すなわち、原告と被告との間において、昭和五五年一二月二七日、本件事故による損害のうち後遺症による損害を除くその余の損害につき、その金額を一八三万〇八七〇円と定め、被告が原告に対しこれを支払う旨の示談が成立し、これが履行されたことは、当事者間に争いがない。

2  被告は、本件事故による損害のうち後遺症による損害についても、原告と被告との間に示談が成立したと主張するが、原告と被告との間において直接示談が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

3(一)  しかしながら、成立に争いがない乙二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五六年九月七日、先に被告との間において任意自動車対人賠償責任保険契約を締結した保険会社である大正海上との間において、次の内容の示談をしたことが認められる。

(1) 大正海上は、原告に対し、本件事故に基づく後遺障害による損害の補償として、既払金のほかに一三〇万円を支払う。

(2) 原告が大正海上から右一三〇万円の支払を受けたときは、原告は、損害賠償義務者に対するその余の損害賠償請求権を放棄する。

(二)  原告が同月一一日大正海上から一三〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

(三)  いずれも原本の存在及び成立に争いがない乙一一号証及び乙一二号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告が原告に対し、昭和五七年四月一九日付書面及び同年五月四日付書面により、右示談による利益を享受する旨の意思表示をし、右各書面がそれぞれそのころ原告に到達したことが認められる。

(四)  してみると、原告は、たとえ本件事故によりその主張する損害を被つたとしても、右示談金額を超過する部分についての被告に対する損害賠償請求権は、右示談により消滅したものといわなければならない。

(五)  これに対し、原告は、右示談は原告と大正海上との間で締結されたものであるから、契約当事者ではない被告に対する関係においては、原告は未だ損害賠償請求権を失わないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、右示談は「損害賠償義務者」に対する損害賠償請求権を放棄することを内容とするものであつて、第三者のためにする契約の性質を有するものと解されるところ、被告が右の「損害賠償義務者」に該当することは明らかであり、被告がこれにつき受益の意思表示をしたことは前示のとおりであるから、原告は、右示談により、被告に対する損害賠償請求権を放棄したものといわなければならない。

したがつて、原告の右主張は、採用することができない。

三  右のとおりであつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

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